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盛岡地方裁判所 昭和50年(行ウ)4号 判決 1985年7月25日

岩手県大船渡市盛町字木町五の一八

亡新沼福三郎訴訟継承人

原告

新沼隆男

右訴訟代理人弁護士

澤藤統一郎

鶴見祐策

同県同市大船渡町字地之森三七番地五

被告

大船渡税務署長

赤間辰雄

右指定代理人

阿部則之

金子政雄

阿部士満夫

古館芳広

験馬国夫

熊谷与平

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

第一請求の趣旨

一  被告が昭和四九年一月一八日付でなした亡新沼福三郎(以下単に亡福三郎という。)の昭和四七年分所得税の更正(以下単に「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下単に「本件決定」という。)をいずれも取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

(当事者の主張)

第一請求の原因

一  本件更正及び決定の経緯等

亡福三郎は「大昭堂印刷」という名称で印刷業を営む所謂白色申告書であるが、同人は昭和四七年分の確定申告をしたところ、被告は本件更正及び決定をなし、これに対し亡福三郎が異議申立審査請求を経て出訴した経緯は、次表のとおりである。

<省略>

二  本件更正は同人の所得を過大に認定したものであるから違法であり、したがつて、本件更正を前提としてされた本件決定もまた違法である。

よつて、本件更正及び決定の取消を求める。

第二請求の原因に対する認否

請求の原因一は認め、同二は争う。

第三被告の主張

亡福三郎の昭和四七年分所得金額は二三九万九七九七円であるから、その範囲内でなされた本件更正及びこれを前提とする本件決定に違法はない。

一  亡福三郎の事業

亡福三郎は大昭堂印刷所という名称で印刷業を営み、原告が専らこれに従事していた者であるが、実質上昭和四七頃には既に原告が亡福三郎から一任されて右事業を営み、亡福三郎はいわば相談役という立場にあつて実際の仕事も工場で版組をするというにすぎなかつた者である。

二  推計課税の必要性

ところで、被告は亡福三郎の所得税確定申告について臨場調査を長期間実施したことがなかつたこと、また、亡福三郎の昭和四七年分所得税の確定申告書を検討したところ、右申告にかかる収入金額が昭和四六年分確定申告における収入金額に比し、約二三%増をみているにもかかわらず、申告所得金額は、右とは逆に約一三%減とされていたことなどから、右昭和四七年分申告所得金額が適正であるか否かについて、臨場調査の必要があると考えた。

右の必要性から、被告は昭和四八年九月四日に調査のため係官を大昭堂印刷所に臨場させ、右係官らは応対に出た原告に対し税務署から来た旨を告げたところ、原告は自分が事業を全部任されているから話を聞こうと言い、「何の調査か。」「調査の理由は何か。」などと問うので、昭和四七年分の所得税についての調査であるということや、前記のような昭和四七年分の確定申告に不審な点があることを告げて所得計算に必要な帳簿書類の掲示を求めたが、原告は民主商工会(以下単に「民商」という)の会員らしき者二名を呼び寄せて同席させたうえ、「事前通知もなしに調査に来ることは非常識であり、営業妨害でもある。」などと言つて全く調査に応じようとはしなかつたので、右係官らは当日の調査を断念せざるをえず、大昭堂印刷所を辞した。

被告はその後も被告所部係官をして前後一五回にわたり大昭堂印刷所に電話させ、原告などに対して右調査に応じて欲しい旨及びこれに応じうる日時の連絡をして欲しい旨を反復要請したが、最後まで原告の容れるところとはならなかつた。また同月六日、一一日、一三日、二一日、同年一一月一二日、一五日、二一日、同年一二月一九日にそれぞれ大昭堂印刷所に調査のため係官を臨場させたが、原告はいずれの場合も前記九月四日の臨場調査により営業を妨害されたと強弁し、これに対する謝罪がない以上、所得税調査には応じないの一点張りで調査を拒否し、帳簿書類や原始記録等の掲示をしないばかりか、係官の所要の質問に対してすら一切答えようとはしなかつた。右臨場の具体的経過は次のとおりである。

<省略>

以上のとおり、亡福三郎の帳簿書類等に基づいて把握した収支実額による所得金額の計算は到底不可能というべきであり、本件更正において推計の必要があつたので、被告は所得税法一五六条により所得金額を推計し、本件更正及び決定をした。

三  本件更正の根拠

本件更正の根拠となつた亡福三郎の昭和四七年分所得金額は、二三九万九七九七円であり、その内訳及び算出根拠は次のとおりである。

1 事業所得金額

(一) 収入金額 一二九二万七九九七円

(二) 算出所得金額 七七一万四一三七円

右収入金額一二九二万七九九七円に岩手県内で亡福三郎と同種同規模の事業を営むと認めることができる個人事業者のうち、青色申告をしている者六名の昭和四七年分の算出所得率の平均値(以下単に「平均所得率」という。)五九・六七%を乗じたものである。ここに算出所得金額とは、収入金額から売上原価及び一般経費を控除した残額をいい、算出所得率とは、収入金額から売上原価と一般経費の合算額を控除したものを収入金額で除した割合をいう。また、前記算出所得算定の根拠となる右六名の類似同業者の収入金額、算出所得金額、算出所得率及び「平均所得率」算定の式は次表のとおりである。

<省略>

なお、類似同業者選定の条件(基準)は次のとおりである。(ア)昭和四七年分にいつて青色申告書を提出しており、かつ、有資格のもの。(ただし、年の中途において開廃業をした者及び他の業種目を兼業している者でその金額が区分できない者を除く。)(イ)国税通則法の規定に基づく不服申立がなされ、現在審理中の者及び訴係属中の者を除く。(ウ)謄写印刷を除く凸版、凹版及び平版などの印刷機を用いて一般印刷を行っている者。(エ)収入金額が六四六万三〇〇〇円以上二五八五万四〇〇〇円以下の範囲内にある者。(オ)事業に従事する人員が八人以上一六人以下の範囲内にあるもの。

(三) 特別経費

(1) 雇人費 三九四万八五二一円

亡福三郎は昭和四七年四月から一二月にかけて雇人である鈴木春代ほか八名に対し総額三五一万〇一三五円を支払ったが、このうちには、生計を一にする扶養親族である新沼美江(原告の長女)に対する支払分三二万〇六九三円を含んでいるので、経費計上可能な雇人費は、これを控除した三一八万九四四二円であり、また、亡福三郎は昭和四七年一月から三月にかけて雇人費総額八四万五〇一四円を支払つたが、このうちにも同女に対する分を含み、かつその金額は八万五九三五円を推認されるので、これを控除した七五万九〇七九円が経費計上可能な雇人費と認めることができる。よつて、右の合計額三九四万八五二一円が被告主張の雇人費となる。

(2) 外注費(外注工賃) 一〇三万六八二五円

前記(二)で述べた類似同業者六名の平均外注費率八・〇二%を収入金額に乗じて算出した。ここに外注費率とは、収入金額に対する外注費の割合である。同率算定の基礎となる類似同業者六名の収入金額、外注費、外注費率及び平均外注率算定の式は次表のとおりである。

<省略>

(3) 支払利子 三一万〇三七四円

(4) 建物減価償却費 二万四四一〇円

(5) 支払地代 三万二七一〇円

(四) 差引所得金額 二三四万一二九七円

差引所得金額は前記(二)の算出所得金額七七一万四一三七円から特別経費((1)から(5)までの合計金額)五三七万二八四〇円を控除した金額である。

2 雑所得金額

(一) 収入金額 五万八五〇〇円

北日本相互銀行大船渡支店に預入れしていた亡福三郎名義の定期積金に対する所謂給付補填金であり、昭和四七年分中に亡福三郎が受け取つた金額である。

(二) 必要経費 なし

(三) 差引所得金額 五万八五〇〇円

第四被告の主張に対する認否

被告の主張は認める。同二のうち昭和四八年九月四日、六日、一一日、同年一一月二一日に被告所部のの係官が来たことは認め、その余は争う、本件推計課税の必要ないことは後記一のとおりである。同三のうち収入額、外注費、支払利子、建物減価償却費、支払地代及び雑所得の各金額はいずれも認め、算出所得金額、雇人費の金額はいずれも争う。本件推計課税に合理性がないことは後記二のとおりである。

一  本件推計課税は必要性を具備しないので違法である。

原告の昭和四七年の一般経費は別表一のとおりである。これより算出所得金額はその実額の把握が可能である以上推計の必要性はない。また、推計課税は実額課税によりえないときにやむをえず用いられる補充的課税方法であるから、その必要性がないのになされた推計課税が違法であることは論ずるまでもない。ところで、本件更正における推計課税の必要性の根拠たる事実として被告が主張するところは原告が「調査を拒否し、帳簿書類や原始記録等の呈示をしないばかりか、係官の所要の質問にも一切答えようとしなかつた。」というにある。しかし、事実は大いに異なる。原告は調査を拒否する言動を一切取つたことはない。係官らは形式的に面接要求を重ねて勝手に調査拒否と独断したにすぎないのである。

二  本件推計方法の不合理を有しないから違法である。

1 推計方法の不合理

推計課税が適法として是認されるためには推計の方法に最高度の合理性が要求される。したがつて、被告は当該推計方法が最も合理性の高いことについての主張立証責任を負う。当該推計方法が最も合理的であるというためには、まず、なによりも当該事案にとつて最適の方法でなければならない。しかし、この点につき原告が納得できる説明はない。被告の採用した方法は「比率法」と称される分類に属する一方式であつて、「算出所得率」という指標によるものであり、亡福三郎の収入に同規模同業者の平均値たる「算出所得率」即ち、収入金額から一般経費を控除して得られる「算出所得金額」の収入金額に対する比率を乗じてその算出所得金額を推計するものである。しかし、「算出所得率」を用いた「比率法」がなにゆえに最適の方法であるかについての主張も立証もない。むしろ、印刷業の場合には仕入金額すなわち用紙代には殆ど利益がはいつておらず一定である、したがつて算出所得率算定にあたつても、分母、分子からそれぞれこれを控除するのが実態に即した経営指標を算出しうる所以である。また被告は亡福三郎の「算出所得率」を類似同業者六件の平均値と措定して算出しているが、これは「類似同業者」の範疇においては共通した「算出所得率」が存在し、妥当な「算出所得率」に収束するとの前提に立つものであるが、被告の採用した平均「算出所得率」は右の前提を欠き、亡福三郎には妥当しない。

更に、被告は結局その採用にかかる「同業者」の業歴、立地条件、印刷の種別、使用機械、備品の種類、数等営業規模及び業態の全般について明示するところはなく、氏名を伏せたままの「同業者」の申告書が書証として提出されたにとどまるのであるが、原告の反証を封じる証拠の提出方法は民事訴訟の根本原則に反するものとして許されるべきではない。また、具体的な業態を捨象して「同業者」なる範疇を設定することは無意味といわなければならない。被告が選定した六名は「申告所得を有する」「青色申告書」という二重の絞りによつて業界の平均ではなくトツプグループの平均を算出するサンプルとなつている。

2 基礎にした計算の誤り

被告は推計による算出所得から調査により実額を把握した特別経費を控除して亡福三郎の当該年度の所得を算出しているが、右特別経費の認定にあたり雇人費の実額把握を誤り貸倒金を全く計上しないなどその実額が真実と相違していることが明らかなので、本件更正は取消を免れない。すなわち、まず雇人費は別表二のとおりであることに一点の疑念もなく、次いで、貸倒金は別表三のとおりである。大昭堂印刷所規模の営業においてこの程度(収入の一%弱)の貸倒金ないし貸倒引当金が計上されるのは常態というべきである。

第五原告の反論

本件更正は次の各理由により違法である。

一  本件更正は税務当局が大船渡民主商工会を弾圧する意図をもつて行つたものであるから違法である。

昭和四八年九月四日午九時三〇分頃、大昭堂印刷所は突然に税務係官二名の臨店調査のための来訪を受けた。これに応対したのは亡福三郎の営業を事実上主宰する原告であつたが、原告は大船渡民主商工会の副会長の任にあつた。一方、同時刻頃にもう一人の大船渡民主商工会副会長千葉裕に対しても同様の調査がなされた。両名共に仙台国税局及び管轄区域を異にする他の税務署派遣の係官の臨場をうけるという異例のものものしさであつた。本件更正は大船渡民主商工会副会長の原告に対するもので、これによる大船渡民主商工会への攻撃を意図したものである。被告の本件更正及びこれに先行する一連の調査は憲法が保障する結社の自由を侵害するものであり、かつ、右のごとき政治的な所謂他事考慮に基づくものにほかならないから違法であり、取消されるべきである。

二  本件更正は法律上の手続的要件を欠き違法である。

税務調査としての質問検査権の行使には「調査の合理的理由」と「質問検査権の必要性」の具備を要し、この手続上の要件の遵守と客観性を担保するためにも権限行使にあたつては、その内容が納税者に具体的に示されるべきである。前記係官らは同年九月四日、同月六日、同月一一日、一一月二一日と大昭堂印刷所に臨店し、その度に原告は事前通知と調査理由の開示の要求をしたが、これに対して同係官らが調査の理由としたところは、亡福三郎の昭和四七年分所得税の確定申告にかかる収入金額が昭和四六年分確定申告における収入金額に比し、約二三%増をみているにもかかわらず、申告所得金額は、右とは逆に約一三%減とされていたというにとどまるところ、それが必要経費の増加に起因することは右申告書自体から明らかであつて、右は到底合理的理由とは認められず、他に調査の合理的理由について開示するところがなかつたばかりか、同係官らはまもなく、原告の取引先に対して「反面調査」を開始し、原告の営業上の信用を失墜させるに至つた。原告はこの間一貫して必要で公正な調査であれば応ずる旨を明示し、調査を拒否する言動を採つたことはない。以上の通り被告が本件更正をなすにあたつて行つた反面調査を含む税務調査は所得税法二三四条の質問検査権行使の要件である「客観的必要性」を欠きかつ被調査者の私的利益との比較衡量においても「社会通念上相当な限度」を越えるものであるから違法である。

また、本件更正はその更正通知書に、所得金額について単に「調査の結果と異なるので更正します」とあるのみであつて、申告が調査結果と異なるとされる認定理由が明らかでなく、したがつてまた合理的根拠と見なすに足りる処分理由が示されていない。処分理由明示のない行政処分は手続的に違法であつて取消を免れない。

第六原告の反論に対する被告の認否

原告の反論一は否認し、同二は争う。

(証拠)

当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、その記載を引用する。

理由

(本件更正及び決定の経緯等)

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

(事業所得の推計の必要性)

二 成立に争いのない乙第一、第二号証の各一、二、証人千葉英雄、同早川信雄、同千葉裕、同鈴木俊男及び同新沼隆男の各証言(ただし、証人鈴木俊男及び同新沼隆男については後記採用しない部分を除く)によると、(1)原告は亡福三郎の長男で同人が大昭堂印刷所なる商号で営む印刷業を昭和四七年頃同人から委されて経営している者であること、(2)被告は亡福三郎の申告にかかる昭和四七年分の所得税の収入金額が昭和四六年分の同確定申告にかかる収入金額を比較して約二三%増加しているのに、所得金額は逆に昭和四六年分のそれと比較して一三%減になつていて、必要経費及び貸倒損失を過大に計上していることが疑われたため、調査の必要があると判断したこと、(3)そこで、被告は仙台国税局長から同局直税部所得税課所属の国税実査官千葉英雄、同早川信雄を大船渡税務署に併任を受け、同人らをして亡福三郎の昭和四七年分の所得の調査をさせたこと、(4)右実査官らは、表二記載のとおり昭和四八年九月四日から同年一二月九日までの間一〇回にわたり、大昭堂印刷所の店舗又は亡福三郎の居宅に赴き調査をしようとしたが、大船渡民主商工会の副会長である原告は、自ら又は同会事務局長鈴木俊男ほか同会の会員の応援を得て、右国税実査官らと応対し、その都度、「一方的に調査をすのは非常識であり、営業妨害である。帰れ。」、「営業妨害を謝罪しないと調査に応じない。」などと言つて調査を拒否し、右国税実査官らが右民主商工会会員らの退席を求め、調査の目的を説明して大昭堂印刷所の帳簿、書類の提出を要請したのに対し、原告は「計算書類は申告が終わつたので焼却した。証拠書類も処分した。」などと言つて最後まで右国税実査官の質問に答えることも、亡福三郎の所得に関する帳簿書類を提出することも拒んだ事実を認めることができる。原告は調査を拒否した事実はなく、被告の右調査の方法が違法であるため、その是正を求めただけであつて、営業妨害についての謝罪がなされ、調査方法が改められるならば、調査に応ずる旨告げていたものであると争い、右に沿う証人新沼隆男、同鈴木俊男の証言はあるが、これらは同人ら独自の見解(後記一五及び原告の反論一、二参照)に基づいてなされているものと解されるばかりでなく、証人千葉英雄、同早川信雄の各証言及び弁論の全趣旨と対比して採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、被告は亡福三郎の所得を実額によつて把握することができなかつたものといわなければならないから、推計の方法によつて算出する必要があつたものというべきである。原告は亡福三郎の昭和四七年分の一般経費は別表一のとおりであつて実額の把握が可能であるから、所得を推計すべき理由はないと主張するが、原告は右事業所得に関する帳簿書類を提出しないばかりか、成立に争いのない乙第一八ないし第二一号証及び弁論の全趣旨によると、右一般経費の実額は本件訴訟においてはじめてしたものであることが認められるから、右主張は採用の限りでない。

(事業所得につき争いのない事実)

三 亡福三郎の昭和四七年分の事業所得の収入金額が一二九二万七九九七円であつたこと並びに特別経費のうち外注費が一〇三万六八二五円、支払利子が三一万〇三七四円、建物減価償却費が二万四四一〇円、支払地代利子が三万二七一〇円であつたことは、当事者間に争いがない。

(亡福三郎の営業状況)

四 証人新沼隆男の証言及びこれにより成立を認めることのできる甲第一五号証によると亡福三郎の営む印刷業は、主として端物印刷、小ロツトの複写物、チラシ印刷を行い、美術物、カラー物の印刷は行わず、その印刷技術としては、活版、オフセツトほか万能写真植字機を用いたコールドタイプ製版あつたこと、事業に従事する人員は従業員一〇名位のほか、亡福三郎を含め同居の家族である原告(長男)、その妻ミヤ、原告夫婦の娘美江の合計一二ないし一四名であつたことを認定することができる。

(事業所得の推計)

五 証人佐藤英夫、同佐藤隆英、同早川信雄の各証言及び右各証言により成立を認めることのできる乙第三号証の一ないし四、第四ないし第七号証の各一ないし三、第八ないし第一一号証の各一、二によると、(1)仙台国税局長は亡福三郎の昭和四七年分の事業所得の金額を推計するため、岩手県内盛岡ほか八ヶ所の税務署長に対し、被告の主張三の1(二)なお書き(1)ないし(5)の基準に該当する類似同業者を抽出することを命じたが、その結果、大船渡、一関、宮古、二戸各税務署管内には該当者がなく、盛岡税務署管内から二名、花巻、水沢、釜石、久慈各税務署管内から各一名が該当者として抽出され、これらの者の昭和四七年分所得税の青色申告書の写が被告に送付されたこと、(2)右六名の類似同業者の青色申告にかかる各人別の収入金額、算出所得金額、算出所得率並びにこれらの者の平均所得率及び平均所得率算定の式は表三のとおりであることを認めることができる。

そして、当事者間に争いのない亡福三郎の昭和四七年分事業所得の収入金額一二九二万七九九七円に右平均所得率五九・六七%を乗ずると、その算出所得金額は七七一万四一三七円となるから、同額をもつて同人の同年分事業所得の算出所得金額と推認することができる。

(右推計の合理性)

六 ところで、前掲亡福三郎の営業内容・事業従事人員数及び昭和四七年分事業所得の収入金額と、被告がその算出所得金額推計のために比準した類似同業者の抽出基準である前掲被告の主張三の1(二)なお書きを対照するに、(3)の事業内容は亡福三郎のそれとほぼ同一であり、(4)の収入金額及び(5)の事業従事者の数は亡福三郎の事業の規模と同等のもののほか、更に一段階上、下のものを含めたものと考えられる。また右同業者の営業地はは、盛岡税務署管内を除くその余の者については、亡福三郎の営業地たる大船渡市と類似の規模の経済圏に属するものであり、盛岡税務署管内の同業者二名についても、その立地条件は大差がないと考えられる。そのうえ、右同業者は法廷の帳簿書類に備付、記帳及び保存を義務づけられている青色申告にかかる事業所得者であること、亡福三郎の営業が前記抽出基準(3)、(4)、(5)と、格段にかけはなれているとみるべき特別の事情がない点を考慮すると、被告の比準類似同業者の抽出基準は妥当なものということができる。そして、現実に右基準に該当するものとして抽出された(一)ないし(六)の収入金額をみると、(二)と(五)はそれぞれ他の者より一段階上及び下と思料されるが、他は亡福三郎の収入金額とさして大差のない金額であるから、これらに比準して同人の算出所得金額を推計したことは、是認することができる。したがつて、被告が用いた推計方法は本件に即してみると、適切であり、合理性があるというべきである。

七 これに対し、原告は被告が用いた推計方法は比率法であり、これが亡福三郎の算出所得金額推計の方法として最適であることの主張も立証もないと非難するが、被告が推計に用いた方法は前途のとおり相当であり、原告においてこれを否定するのであれば、これにまさる方法とその推計による算出所得金額を主張立証すべきであるが、その主張立証が的確になされていないのであるから右非難はあたらない。

八 また、原告は類似同業者の存在の立証として、その青色申告書の特定事項にわたる部分に紙を貼付したうえこれを複写したものを提出させ、右類似同業者の住所、氏名などを秘匿したまま、(一)ないし(六)の符号で表示したものを書証として提出し(以上の事実は乙第三号の三、四、第四ないし第七号証の各三自体に照らし明らかである。)本件推計を行つたことを非難する。なるほど、右同業者の氏名、住所などが明らかにされない場合は、そのために、被告の推計に対する反証に困難を生ずることは否めないが、推計課税はいうまでもなく実額によることができない場合の補充的課税方法に過ぎず、むしろ、原告は納税者として自己の所得につきこれを最もよく知る者であるから、実額により反証をなしうるところであり、他方、税務職員には職務上知りえた秘密を守る義務がある(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)以上、被告が、右同業者の氏名、住所などを明らかにしないのもやむをえないと考えられ、また、前記同業者はいずれも所得税法上各種の業務を負い、かつこれを履行する青色申告者であると認められるところ、これらの者にとつて、氏名、住所などを明らかにされて、その秘密が推計課税を受けた者の納税訴訟上の便宜のため犠牲に供されなければならないいわれは全くないのであるから、被告が平均所得率算出にあたり、同業者を特定しうるに足りる事項を秘匿したからといつて、これにより、当該推計方法が違法と解することは相当でなく、原告の非難はあたらない。

(原告の一般経費の実額の主張に対する判断)

九 原告は亡福三郎の昭和四七年分の一般経費は別表一のとおりであるとするが、これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。原告が仕入金の証拠とする成立に争いのない甲第一六号証(株式会社岩手銀行盛支店の当座勘定元帳写)からは、同号証記載の出金と仕入との関連が不明であり、その他の一般経費支出の証拠とするものは出金伝票(甲第一七ないし第三〇号証-いずれも多数の技番があるが、その記載を省略する。)のみであつて、これに対応する帳簿、領収証の提出もされないばかりでなく、その記載内容に照らし、これらが真実一般経費支出の原始記録であることを認めることができない。

かような次第であるから、原告の一般経費の実額の主張は採用することができない。

(特別経費中の雇人費)

一〇 成立に争いのない乙第一六号証の三、証人千葉英雄、同早川信雄、同佐藤英夫の各証言及び右各証言により成立を認めることのできる乙第一六号証の一、二、四、第一七号証によると、(1)亡福三郎は大船渡商工会議所労働事務局保険事務組合に対し、大昭堂印刷所従業員の「昭和四七年同業者労働保険料申告書の基礎となるための一人別給与明細」を提出したが、これによると、同人は昭和四七年四月から同年一二月まで雇人である鈴木春代ほか八名に対し総額三五一万〇一三五円を給与として支払つたこと。(2)右支払のうちには、生計を一にする扶養親族である新沼美江(原告長女)に対する支払分三二万〇六九三円を含んでいるので、経費として計上できる雇人費はこれを控除した三一八万九四四四円(所得税法五六条参照)であること、(3)また、同保険事務組合備付の「昭和四七年度、同四八年度の保険料申告内訳」なる簿冊の大昭堂印刷所分の記載によると、亡福三郎は昭和四七年一月から三月まで雇人費として総額八四万五〇一四円を支払つたこと、(4)右支払の中には前記新沼美江に対する支払分が含まれており、その額は不明であるが、右(1)の一人別給与明細から明らかな同年四月分の同女の給与が右期間内にも毎月支払われているものとして計算すると、右期間において経費として計上できる雇人費は、同女に支給したものと推定した八万五九三五円を控除した七五万九〇七九円であることをそれぞれ認めることができる。そうすると、右の合計三九四万八五二一円が昭和四七年分の雇人費となる。

これに対し、原告は雇人費は別表二のとおりであると主張するが、右に説示したところから明らかなように、右認定にかかる雇人費は昭和四七年一月ないし三月分の新沼美江に対する支払が推計にあるに止り、他はすべて実額であるところ、その実額の支払と認められる前記(1)の一人別給与明細(乙第一六号証の三)昭和四七年四月ないし一二月までの毎月の支払額合計と、別表二の同期間における毎月の支払額の合計とを対照しても、各月とも後者は前者よりも少額であるから、同表の記載は信用することができない。他に、前記認定を妨げるに足りる証拠はない。

(原告の貸倒金の主張に対する判断)

一一 原告は、亡福三郎の貸倒金につき別表三のとおりであると主張するが、貸倒金が必要経費(所得税法五一条二項)となるためには、それが事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これに準ずる債権の貸倒であつて、債権の取立不能が客観的に確認できる場合、又は債権放棄の事実が確定した場合にその損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入できるものとされており、その取立不能とは、その年度中に債務者において破産若しくは和議手続きの開始、事業の閉鎖、失踪、行方不明、刑の執行、債務超過の状態が長く続き衰徴した事業を再建する見通しのないこと、その他これに準ずる場合をいう(所得税法五一条、同法施工令一四一条)ものであるところ、原告主張の同表記載の売上金が右の要件に該当することの主張も、これを立証するに足りる的確な証拠もない。したがつて右主張は採用することができない。

(雑所得金額)

一二 雑所得金額が五万八五〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

(本件更正及び決定の額の当否)

一三 以上によると、昭和四七分の亡福三郎の事業所得は算出所得金額七七一万四一三七円から雇人費等の特別経費五三七万二八四〇円を控除した二三四万一二九七円となり、これに雑所得金額五万八五〇〇円を加えると、その昭和四七年分所得金額は二三九万九七九七円となる。

そうすると、本件更正及び決定は、亡福三郎の昭和四七年分の所得金額及び課税所得金額以下の金額によつて行われたものといわなければならない。

(原告の反論に対する判断)

一四 原告は本件更正が大船渡民主商工会を弾圧する意図をもつて行われたものであるから、憲法が保障する結社の自由を侵害するものであつて違法であると主張するが、これを支持すべき証拠はない。もともと、亡福三郎の本件申告が過少であることは前認定のとおりであつて、被告はその職責上更正を行うべきであるから、原告の主張は筋違いであつて、採用することができない。

一五 また、原告は被告に対し本件更正のための調査及び質問検査権の行使の必要性と合理性の理由の開示を求めたにかかわらず、その具体的理由の開示なくして調査をして本件更正をなし、かつ本件更正に理由が明示されていないから、法律上の手続的要件を欠き違法であると主張する。しかし、被告の調査は課税標準及び税額を認定するに至る一連の判断過程を含むきわめて包括的な概念であつて、その調査は相手方の同意があれば自由にこれを行うことができ、調査のための質問検査権の行使(所得税法二三四条)も、その必要があれば強制にわたらないかぎりこれを行うべきものであつて、いずれも手続的制約はなく、その実施の日時場所の事前通知、調査理由及び必要性の個別的、具体的告知は法律上の要件とされていないうえ、被告は原告に対する質問検査権の行使の結果得られた資料に基づいて本件処分をしたものでないことは、弁論の全趣旨に照らし明らかである。また、更正の理由附記は青色申告にかかる更正についてのみ必要とされるところであつて(所得税法一五五条)、亡福三郎は青色申告書を提出して本件申告を行つたものでないから、これに対する更正に理由の附記は要求されない。したがつて、原告の右各主張はいずれも主張自体失当であつて、理由がない。

(結び)

一六 以上検討したところによると原告の本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮村素之 裁判官 富永良朗 裁判官佐久間邦夫は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 宮村素之)

別表一 昭和47年分一般経費内訳表(単位円)

<省略>

別表二 昭和47年分雇人費支払明細一覧表

<省略>

別表三

<省略>

合計金 一二万八四〇〇円

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